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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5055号 判決 1956年10月15日

原告 アライド・インダストリアル・コーポレーシヨン

被告 ゼ・グレート・アメリカン・インシユアランス・カンパニー

主文

一、被告は原告に対し一万七千五十九ドル二十七セント及び之に対する昭和二十八年九月九日より右完済まで年六分の割合による金員を支払うことを要する。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し一万八千百八十四ドル二十七セント及び之に対する昭和二十八年九月九日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うことを要する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として、(一)被告は保険業を目的とする外国会社であるが昭和二十七年一月二十八日東京において原告会社との間に保険料を二百五十ドルと定めた上、原告会社が会計係として雇傭した訴外ジエリー、ウオルター、グインが昭和二十七年一月二十五日から同二十八年一月二十五日までの間原告会社の金員を窃取又は横領したときは保険金額二万五千ドルを限度として原告会社の蒙る損害を填補する旨の信用保険契約を締結し、原告は被告に対し右保険料二百五十ドルを支払つた。(二)右グインは右期間中原告会社の会計係として勤務していたがその間総額一万六千五百三十九ドル二十七セント(内訳(イ)チエイス、ナシヨナル、バンク、オブニユーヨークに送金したと称するが同銀行においては入金していない一万四千八ドル十三セント(ロ)自己の給料名義千ドル(ハ)事務所賃料名義七百五十ドル(ニ)鉱石分析費用名義三百三十六ドル七十セント丸紅に対する手数料名義四百四十四ドル四十四セント)を窃取又は横領した。(三)又原告は右事件に関して会計監査手数料千二百五十ドル弁護士手数料千ドルを支出した。よつて原告は被告に対し前記保険契約に基き、以上の損害合計一万八千七百八十九ドル二十七セントから原告においてグインより返済を得た六百五ドルを控除し残額一万八千百八十四ドル二十七セント及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十八年九月九日から右完済に至るまで年六分の割合による遅延利息の支払いを求めるため本訴に及んだと述べ、抗弁に対して、(一)本件保険約款第五条に主張の如き規定のあること、原告が被告に対し本件保険金の請求書類を交付したのが主張の日時であることは認める。しかし本件保険契約は日本法に準拠するものであるところ右第五条の規定は原告の訴権を不当に制限するもので公序良俗に反し民法第九十条により無効である。仮にそうでないとしても、右約款の定める出訴期間は昭和二十八年一月二十二日被告会社東京営業所副支配人ランス、ラ、ビアンカの書面によつて同年六月二十七日まで延長された。しかして本件保険約款第十五条には、約款の各規定の変更は被告会社の社長、副社長セクレタリ、アシスタントセクレタリによつて作成された書面によるものでなければ無効である旨の規定があるが、外国会社の日本における代表者は日本においては当該外国会社の社長に相当する権限を有し、被告会社東京営業所副支配人は日本における代表者を代理する権限を有するものであるから前記副支配人による出訴期間の延長は約款第十五条にいう社長又は副社長による延長と同一視すべきである。仮に右期間延長が副支配人の権限外の行為であるとしても原告において同人が右権限を有すると信ずべき正当の理由があるから右期間延長の効果は被告に於て之を否定する事は出来ない。(二)本件保険約款第十三条及び前文に主張の如き規定のあること、被告から昭和二十七年十二月十日前記訴外グインを告訴すべきことを要求されたこと、同日右訴外グインが離日したこと、原告が同月二十六日警視総監に対し告訴状を提出したことは認めるが、告訴手続は日本の官憲に対し為せば足るものと解すべきである。

よつて被告の抗弁は何れも理由がない。と述べた。<立証省略>

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として、被告が保険業を目的とする外国会社であること、主張の日時東京において原被告間に主張の如き信用保険契約が締結され原告がその保険料を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する、と述べ、抗弁として、(一)本件保険約款第五条には保険契約者は保険者に保険金請求書類を交付した后六ケ月経過后においては保険者に対し如何なる訴訟手続をもとつてはならない旨規定している。右規定は契約者が右期間内に訴を提起せずして之を徒過した場合にはその保険金請求権を放棄し、或は訴によつて右の請求をしないとの趣旨である。しかるに原告が被告に対し本件保険金請求書類を提出したのは昭和二十七年九月二十七日であるから本訴の提起は右期間経過后のことに属する。よつて原告は本件保険金請求権を有しないか或は本訴は権利保護の利益を欠くものである。(二)本件保険約款第十三条には保険契約者は保険者から要求があれば雇用者を相当官署に対し告訴手続をとることを要する旨定め、右約款の前文において保険契約者が約款各条所定の義務を履行することはその保険金請求を為すための条件とされている。被告は原告に対し昭和二十七年十二月十日原告主張の訴外グインを告訴すべきことを要求したところ原告は同月二十六日日本の警視総監に告訴状を提出した。しかしグインは十二月十日既に離日帰国していたから告訴は米国官憲に対し為すべきものであり、然らざる右告訴は実効性を欠き前記約款の規定する告訴に該当しないものというべきである。よつて原告は本件保険金請求を為し得ない、と述べ、右(一)の抗弁に対する原告の主張について、被告会社東京営業所副支配人ランス、ラ、ビアンカ名義の主張の如き期間延長許可の書面を原告に交付したことは認めるが、右副支配人は主張の約款第十五条に規定する約款変更権限ある者の何れにも該当しないから右書面による期間延長はその効力を生じない。原告において右副支配人が右期間延長の権限ありと信ずべき正当の理由があることは否認する。と述べた。<立証省略>

理由

一、原告が保険業を目的とする被告会社との間に昭和二十七年一月二十八日東京において、原告の雇傭する会計係ジエリー、ウオルター、グインが同年一月二十五日乃至同二十八年一月二十五日の間原告会社の金員を窃取又は横領したときは二万五千ドルを限度として原告会社の蒙つた損害を填補する旨の信用保険契約を締結し原告が右保険料として二百五十ドルを支払つたことは当事者間に争いがない。

二、証人イ、ジエ、ヴイ、ハツトの証言、右証言によつて成立を認め得る甲第五、六号証、第七号証の一、二第八号証、第九号証の一乃至三、成立に争いのない同第十三号証、及び証人レオン、アイ、グリーンバーグの証言を綜合すると、前記グインは原告会社東京営業所の会計係として単独で同所の会計事務を担当していたものであるが昭和二十七年九月頃原告会社は同人が取扱つた計理内容について疑惑をもつに至つたので会計士に右計理内容の調査を依頼したこと、右会計士はグインに会計諸帳簿、証憑書類を提出させ、且同人の説明を聴取して、昭和二十七年一月二十五日乃至同年六月三十日の間の計理内容を検討した結果次の如き不正を発見したこと、即ち(イ)収支計算の結果右期間中の未使用資金現金勘定として残存すべき一万四千八ドル十三セントについて、原告会社の取引銀行たるニユーヨークのチエイス、ナシヨナル、バンクに送金した旨記帳され、且右グインは同二十七年六月十日、同月十一日、同月二十一日各送金した未着現金である旨説明し、その送金案内の写なるものを会計士に提示したが、会計士がその后右銀行に照会したところ右金員は入金されていないので右グインに右事実を告げたところ同人は后に事情を説明する旨語つたのみで特に弁明しなかつたこと、その后に至つて右グインは右金額はすべて支出済みのものであるとしてその証憑書類として領収書等を提示したが右領収書は前示収支計算の際証憑書類なしに支出項目に計上した分に関するものであつて信を措けず、結局その后においても首肯し得る説明が為されていないこと、(ロ)原告と右グインとの間に支払いの約定がなかつたに拘らず同人の給料名義で合計千五百五十ドル支出されていること、(ハ)右グイン個人の事務所賃料とみるべき七百五十ドルが原告会社の事務所賃料名義で支出されていること。(ニ)原告会社の営業とは何等関係のない鉱石分析費用名義で三百三十六ドル七十セント、訴外丸紅に対する手数料名義で四百四十四ドル四十四セントが支出されていること、以上(ロ)(ハ)(ニ)の支出については原告会社役員の承認を得た事実がなく且右グインは右支出について何等弁明していない事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

右認定事実からすれば右(イ)乃至(ニ)の各金員は右グインにおいて着服若しくは費消横領したものと認めるべきである。

三、前掲甲第十三号証及び証人レオン、アイ、グリーンバークの証言によると、右グインの前示横領事件に関し原告は経理内容監査を依頼した会計士に対し千二百五十ドル、法律事務を依頼した弁護士に対し千ドル各手数料として支出したことが認められるが、一般に信用保険における損害額の証明は使用者の義務に属し、従つて右証明のために要した費用は使用者の負担すべき性質のものであるから、原告が支出した右金員が右の如き費用のみに属する場合にはその賠償を被告に請求し得ないものというべきである。しかしながら本件保険契約において保険者の要求あるときは使用者は雇用者に対する告訴手続をとるべき旨定め、且原告が被告の要求に基き右グインに対し告訴手続をとつたことは後記認定のとおりであるが、右の如き告訴は保険者の利益のために為されるものであるからこれに要した費用は保険者の負担すべきものというべきである。しかるところ前示会計監査及び弁護士の協力は右グインの告訴手続をとるためにのみなされたものでない事は之を推認するに難くないから其の金額を被告の負担に帰せしめる事は情理に反する。併し又之等の会計監査及び弁護士の協力が右告訴手続をとるために必要である事は明らかであるから結局本件に於ては右告訴手続をとる為に必要と認められる限度において原告は被告に対しその賠償を求め得べきものである。右限度は諸般の事情を綜合した裁判所の裁量によるべきものである。(之は告訴手続をとる為に弁護士等に支払われた費用の額に付ても言い得る所である。)しかして右費用は原告の支出した前示金額の各半額合計千百二十五ドルを以て当裁判所は相当と認定する。

四、本件保険約款第五条に、保険契約者は保険者に保険金請求書類を交付した后六ケ月経過后においては保険者に対し如何なる訴訟手続もとつてはならない旨規定されていること及び原告の本訴提起が右期間経過后であることは当事者間に争いがない。

右規定は右期間経過后においては原告は出訴しない旨の合意であると解し得られるのであるが、かゝる合意は訴訟制度の目的に鑑み一般的に云つて何等公序良俗に反する謂れはなく、又本件に於ける期間も特に不当の制限とは認められない。よつて右合意が公序良俗に反し無効である旨の原告の主張は認められない。

右出訴期間が昭和二十八年一月二十二日被告会社東京営業所副支配人ランス、ラ、ビアンカ名義の書面によつて同年六月二十七日まで延長されたこと、及び本件保険約款第十五条には右約款の各規定の変更は被告会社の社長、副社長、セクレタリ、アシスタントセクレタリによつて作成された文書によるものでなければ無効である旨規定されていることは当事者間に争いがない。

証人エドワード、ビー、リード及び同レオン、アイ、グリーンバーグの各証言によると、被告会社東京営業所の代表者は被告会社から保険約款の規定を変更する権限を与えられていたこと及び前示期間延長の交渉については右営業所の当時の代表者がこれに関与して前示の延長を内諾していたが前示書面の作成された当時偶々同人が出張不在中であつたため前示副支配人名義の書面が作成されたものであつて、右書面作成については当時右代表者がこれを了承していたことが認められる。

よつて右書面による前示出訴期間延長は有効であり、原告の本訴提起が右期間内に為されたことは本件記録上明らかであるから、右訴の提起が出訴期間経過后に為されたことを前提とする被告の抗弁(一)は理由がない。

五、本件保険約款にはその第十三条に保険契約者は保険者から要求があれば雇用者を相当官署に対し告訴することを要する旨の規定があり、又その前文には保険契約者が約款所定各条の義務を履行することはその保険金請求のための条件を為す旨規定されていること被告が原告に対し昭和二十七年十二月十日前記グインの告訴を要求したところ原告は同月二十六日日本の警視総監に対し告訴状を提出したこと、及び右グインは右十二月十日離日帰国していたことは当事者間に争いがない。

右グインに対する告訴手続は保険の目的たる犯罪の発生地にして且つ被告訴人の居住地たる東京においてこれを為せば足るものであり、原告において右グインの所在を追及してその所在地の相当官署に告訴すべき義務はないものと解すべきであるから被告の抗弁(二)も理由がない。

六、よつて原告の本訴請求は前示横領金額(イ)乃至(ニ)全額及び前示会計士、弁護士手数料の各半額合計一万八千二百十四ドル二十七セントから原告において控除する千百五十五ドル(原告が訴外グインから返済を受けた六百五ドルと、前示(ロ)の給料名義の横領額から原告において差引請求する五百五十ドルとの合計額)を差引き残額一万七千五十九ドル二十七セント及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十八年九月九日より右完済まで年六分の割合による遅延利息の支払いを求める限度で理由がありその余は理由がない。

七、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条、九十二条による。

(裁判官 安武東一郎 鳥羽久五郎 内藤正久)

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